2008年04月23日

如何でもよい事だが、しかし・・・

「前の電車は車内が混雑していますので遅れています」

これは、ある私鉄での車内放送だった。

日本語の曖昧さが気になった。
しかし、言わんとすることは、分かる。それなら、それでよい筈。

でも、これを例えば、英語にしたらどうなるだろうか?と思った。
そのまま直訳したら、分かり難いだろうと感じた。
   
   前の電車の車内が混雑しているというのは、
   乗っている人が通常よりは多いということ。
   無論、駅で降りた人がいただろうが、
   それよりも乗った人のほうが多い。
   そして、乗り降りする人が多ければ、普通よりは時間がかかる。
   当然、電車は予定より遅れる。
   従って、後続の電車も遅れる。

くどい言い回しだが、事柄はこういうことなのだろう。

これを、簡単に分かりやすく英語で表現するには、
車内放送の表現に、ある程度言葉を補足するとか、思い切って
表現を変えるとかする必要があるように思った。

内容によっては、日本語をそのまま英語に直訳したら、
全く意味が通じない、或いは誤解を招きかねない。
異文化間のコミュニケーションでは、そんなことがよく起こるらしい。

2008年04月12日

自分史を書く人は凄い・・・3「記」の能力

ここで言う<3「記」の能力>とは

記憶の能力、記録の能力、記述の能力

のことである。

色々な人々の自分史を読んでいると、常に感心する。
よくもこんなに細かいことを覚えているものだ、と。

確りと記憶をしているのは勿論だろうが、恐らく、
その都度きちんと記録もとっていて、
それがちゃんと保存されているに違いない。

記憶と記録から、書くための資料を引き出して、
これらを、読ませるように記述する。

私は、記憶力は弱い、記録らしい記録はほとんど取らない。
加えて、それなりにまとまった長文となると、とても書けない。
自分史を書く人には敬服するばかり。

自分史からは、色々と教えられることが多い。とても為になる。
しかし、一方で、こんなことも感じる。

自分史を書く人は、現在の時点で、過去の事柄を述べている。
どんなに、記憶が良くても、記録が正しくても、
書いているのは、今の自分。
今の自分が過去の事柄の中に反映されないだろうか。

そう思った時、自分史には、多少なりとも、フィクションが
入り込まないだろうか、と感じる。

2008年04月06日

禁煙席ータバコを吸わない時座る席?

先日、友人と喫茶店に入った。
店員「タバコを吸われますか」
友人「吸いません」
店員は、禁煙席に案内した。

友人と二人で、コーヒーを飲みながら話をしていると
何処からともなく、タバコの臭いが流れてくる。

そこで思った。

禁煙席とは、タバコから遮断されている場所ではないのだ。
この席では、タバコを吸ってはいけない。唯それだけの事。
所謂<受動喫煙>を防ぐことは出来ないのだ。
愛煙家でも、タバコを吸わないのなら、座っても一向に差し支えない。

私は、タバコを全然吸ったことがない。
タバコの臭いなどには敏感だし、違和感がある。

しかし、上品に静かにタバコをふかしている人を見ると、
いかにもリラックスしているようだとか、物思いに耽っているのかなと
いった感じがして、これも捨てがたいものだなと思う。
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